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(上)芙苑晶『木霊(Echoes)』(1990)
その独特なスタイルから、シンフォビエントという言葉の誕生する元になった嚆矢的作品。 |
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(上) 芙苑晶『荒廃(Ruins)』(1993)
シンフォビエント三部作の第2作。ダーク・アンビエントに加え、レイヴ的な作風が入り混じってきている。
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(上)『伽藍(Cathedral)』(1995)
(写真提供= FZONO.COM ) |
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芙苑晶との関連 > 発明者、ジャンルを創り出し発展させた人、定義した人、理論化した人
芙苑晶との関連 > 誕生秘話 >
芙苑晶はシンフォビエントの創始者であるが、そのはじまりは『宇宙論(Cosmology)』におけるシンフォニック・テクノほど明確でも意図的でもなかった。この言葉が誕生したエピソードは次のようである。
芙苑晶の2作目『木霊(Echoes)』(1990)が完成した時、前作(『燐光(Phosphorescence)』)とはまた異なった独特なスタイルになっていたため、レコード店に置いてもらうためのディスカッションを Nerve Nets Records のスタッフとしていた時のことである。
スタッフは、アンビエント、ロック、ニューエイジといった既存のジャンルのいずれかで言うと、結局、アンビエントが最も近いだろうというのが大多数の意見だったが、しかしそれは通常のアンビエントとも異なる音楽だった。
というのは、当時すでに出てきていたアンビエント・ハウスというジャンル、『木霊』にはそれらしいサウンドが随所に聴かれはするものの、クラシックのオーケストレーションをベースにした映像的なサウンドは、ある意味ではむしろ、アルテミエフやヴァンゲリス、富田勲などのシンセ音楽に近いニュアンスもあったからだ。
そこで芙苑晶が(彼曰く「ほとんど苦しまぎれに」)考えたのが
「Symphonic Ambient(シンフォニック・アンビエント)」というキャッチコピーだった。だがそれは長すぎると皆が言ったので、略して「Symphobient(シンフォビエント)」になったといわれる。
必要は発明の母という言葉が、このシンフォビエントの誕生秘話ぐらい似つかわしいものはないと思う。
スタイル・方法論・発想 > アンビエントとの関係 >
冒頭にも述べたが、芙苑晶の定義によれば、「通常のアンビエント・テクノがクールでBGM的なのに対し、シンフォビエントはホットで映像的、時にエモーショナルですらあるという特徴を持ち、それは『積極的に聴けるアンビエント』」なのである。
しかし、ちょっと考えてみれば、この定義自体そもそも矛盾をはらんだものであることがわかるだろう。
「アンビエント」の発明者・ブライアン・イーノによれば、アンビエントとは「聴くこともできるが、無視することもできる、BGMとは異なる次元の新しい環境音楽」である。
さらに歴史的には、イーノのその発想の起源は、「家具の音楽」を提唱したエリック・サティにまで遡ることができるだろう。
また、芙苑晶が創り出したシンフォビエント音楽には、イーノをはじめとする「アンビエント」にはなかったものがあった。それはサイケデリックなトリップ感覚、そしてコンピューターによるリズムの導入である。
この点でシンフォビエントは、イーノのアンビエントよりもむしろいわゆるアンビエント・ハウスに近い構造を持っていると言えるだろう。
つまり、冒頭にも述べたように、「アンビエント=環境音楽という従来の図式をひっくり返し、むしろ環境音を含む現実音のサウンドを取り入れることによってシュールな映像感覚を生み出す電子音楽」であり「それゆえに無限の可能性を持つ音楽」といった定義(芙苑晶による)である。
これは例えば、イーノよりはむしろ、芙苑晶が当時「やられたと思った」というドイツのグループ、The KLF(Kopyright Liberation Front) の有名なアルバム「Chill Out」におけるコラージュ的アンビエント・ハウスの手法にある点で通ずるものである。
スタイル・方法論・発想 > アンビエント・ハウスとの関係 >
では次に、通常のアンビエント・ハウスとシンフォビエントとの差は、どこにあったのだろうか?
例えば今、前出の The KLFの『Chill Out』と、芙苑晶の『木霊』を聞き比べてみるとよくわかる。いずれもアンビエント・ハウスにおける極端同士だから比べる価値があると思うのだが、同じように現実音的なサウンドを随所にちりばめたサイケ感覚の電子音楽という共通点はあるものの、結果はまったく異なっている。
その違いというのは、いくつか挙げられると思うが、まずストーリー性のあるなしということがあるだろう。KLFはサウンドを無作為につなぎ合わせることによって、ストーリーを破壊する方向に向かうが、芙苑晶はそれらを紡いである壮大な幻想的ヴィジョンを創り上げようとするのだ。
言ってみれば、美術で言うとダダ(KLF)とシュールリアリズム(芙苑晶)の違いとも言えるし、パンク(KLF)とサイケデリック・ロック(芙苑晶)の違いとも言えるだろう。
スタイル・方法論・発想 > プログレッシブ・ロックとの関係 >
また、プログレッシブ・ロック(とくにシンフォニック・ロック)ないしクラシックとの関連はどうだろうか?
一般にしばしば誤解されていることとして、シンフォビエントとはただ単に(たとえば「シンフォニック・ロック」などのように)シンフォニックとアンビエントを合体させた音楽という意味にとどまるものではなく、その真意は、交響楽的な構成とともに、現実音(ないしはそれを模倣したシンセサイザーの音)を含むいわゆるアンビエント的音響を楽曲の随所にあたかも楽器の一部のように挿入することで、かえってメスカリンの幻覚を思わせるようなある種の異化効果、すなわち幻想と現実が交錯しながらしだいに逆転してゆくように感じられる効果を生み出すというところにあり、「幻想と現実の響き交わし(=symphony)」という意味から来ている。
したがってこれはある意味で音楽におけるシュールリアリズムだとも言えると芙苑晶自身言っているし、人によっては(たとえば上埜邦彦、四谷英巳氏など)「これこそ真のサイケデリック・ミュージック」だと指摘する人々もいる。
シンフォビエントをはじめとして、芙苑晶のとくに初期の作品には、どこかこういう自己矛盾とか、変則的な感じがあるのが、かえって面白い。
芙苑晶以前にシンフォビエントは存在したか? >
今述べてきたような意味で、シンフォビエントに近いサウンドないしはスタイルを持った音楽は、数少ない例ではあるが、芙苑晶以前にもあったにはあった。
古くはフランスのジャン・ミッシェル・ジャールの「Oxygene」、アメリカのラリー・ファストのシナジー(Synergy)名義のアルバム、さらにはドイツのポポル・ヴフ(Popol Vuh)の初期の作品、また同じくドイツのクラウス・シュルツの70-80年代のアルバムにもそれらしい音は聴かれる。
また、芙苑晶自身の『木霊』以前の作品にもそれらしいものはあり、デビュー作の『燐光(Phosphorescence)』(1990)、さらに非公式な処女作といわれる『神智学(Theosophy)』(1986・未CD化)などにも共通する作風といったものは感じられる。
だがそれを意図的かつわかりやすい形で概念化・ジャンル化し、提唱し、実験のための実験ではなく、ひとつのトータリティを持った作品として完成させたのは芙苑晶が第一人者であり、シンフォビエント三部作が世界初の公式な作品と言っていいだろう。
芙苑晶が与えた影響 >
この言葉は記録によれば、『木霊』が出て以後、ニューヨークのブルックリンあたりで一部の電子音楽の一派のミュージシャンたちが使っていたともいわれるが、今日に至るまで、一般化するには至っていない。
今では芙苑晶のこの「シンフォビエント三部作」ぐらいにしか使われておらず、結局フォロワーを生むに至っていないが、それはこのスタイルがある意味特異なものだったことと関係があると思う。
しかし芙苑晶が言うように、たしかにこの手法は斬新なものであるだけでなく、無限の可能性を秘めたものであり、「シンフォビエント三部作」完結の1995年からすでに10年以上たった今(2006年)の時点で、その功罪はまだ見えてはいないが、これから評価されてくるものではないかと予想される。
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