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木霊
( Echoes )
 ( 1990 )
ジャケット タイトル
(英語タイトル=原題)
発表年 レーベル メディア ネイション
木霊
( Echoes )
1990 Nerve Nets CD USA
関連ジャンル

アンビエント・ハウス、サイビエント、トランス、サイケデリック、クラシック、ミュージック・コンクレート

音楽のタイプ

リズムや明白なメロディの少なかった前作までとは異なり、全体にメロディアスで、厚みのあるシンフォニックなアレンジに変化。いわゆる「曲」になってきている。
曲によってはリズムマシン(TR-808 系等のチープな音が多い?)も使用され、アンビエント・ハウス的な作品も。

サウンド 随所に使われる、Korg PS-3300 と思われる美しいストリングスの音、メロトロンの弦が印象的。
音源/入手可能度 レアだが、たまに見つかる場合がある。
人気の高い作品のため、再発の可能性は高い
テーマ 顕微鏡で覗いたように、森の神秘の世界をシンセサイザーで描写するという、印象派の絵画の技巧を思わせる斬新な手法で構築されたシンセサイザー交響詩とも言える作品
関連項目/文化現象
エピソード 幼少期のヒッピー・コミューンでの記憶をモティーフにして作られたと言われる。
また、アムステルダム移住時に制作されたもので、当時芙苑晶・田嶋エリサ(のちに夫妻)の二人が中心になって立ち上げた、レイヴ・コミューン「灰と太陽の共和国」の設立に関連(都会への嫌悪と隠遁生活)
その他 シンセサイザー・シンフォニー第1番と冠された最初の作品。
初回プレス盤はSiamese Twin 名義、のちに芙苑晶名義で再発
ディスクレビュー
 
  まるで顕微鏡で覗いたように、森の神秘の世界をシンセサイザーで描写するという、印象派の絵画の技巧を思わせる斬新な手法で構築されたエレクトロニカ交響詩とも言える芙苑晶のセカンド・アルバムにしてシンフォビエントの嚆矢的作品。
 筆者の個人的思い入れを別としてもこのアルバムのクウォリティの高さを評価する人は少なくなく、楽曲とサウンドのバランスがとれた、芙苑晶の初期を代表する名盤と言える。

  また、タイトル通り、サイケデリックに歪められた芙苑晶自身のスナップショット(よく見れば背景にキーボードらしきものが写っている)が巨木の根幹にうっすら浮かび上がる木霊(樹の精)のごとくコラージュされたジャケットもまた秀逸で、内容に見事に合っている。
 
 なぜこれがいつのまにか俗に「芙苑晶の 1st」と呼ばれるようになったかはすでに『燐光』の解説欄に書いたのでここでは繰り返さないが、実際にはこれは2枚目のアルバムであり、もしも86年に制作された『神智学』を1作目とカウントするならこれは第3作という計算になるが、ここではCD化されマーケットに流通したものに限定して考えているので、やはり通説にならって『木霊』は2作目と考えることにしたい。
 
 しかしながらこのアルバムが俗に「芙苑晶の1st」呼ばわりされるのもけっして意味のないことではない。というのはこの作品はいろいろな意味で芙苑晶ののちに続くシンセサイザー・ミュージックのアルバム・シリーズ(別称「SFミュージック」とも呼ばれるようになった)の出発点とも言えるスタイルの基礎となった作品であり、音楽的にもスタイル的にも、現在に至る芙苑晶アルバムの最初のフォーマットを作った作品と考えられるからである。
 
 それは具体的にはいくつかの項目に分けて説明が可能だが、まずこれがシンセサイザー・シンフォニー第1番という副題を初めてつけられており、こののち続くアルバムにはこの通し番号が入りはじめること(1st 『燐光』にはそういったサブタイトルは何もない)、独特な組曲スタイルを取った標題音楽で、タイトルのイメージに沿った絵画的な幻想の世界が時間とともに進行しながら拡がってゆくこと、それにより一種の起承転結を伴った「交響詩」的な作品となっていること(『燐光』にもそれはあるがやや希薄である)、などが挙げられると思う。

  逆にいえば『燐光』の前衛的で実験的な、混沌としたサウンドがここでは整理され、表題に沿ってある方向を向いている、ストーリー性をともなった表現を始めているといったことが、トータルな「作品」としての完成度につながっているとも言える。
 
 しかしやはりまだこの作品では、前作『燐光』のイメージもいくらか引き継いでおり、ところどころミュージック・コンクレート的なコラージュ風パートもあるが、しかしそれらは逆に、曲間の映像的なイメージを喚起する効果的な部分として活かされている。これが、前作までとの決定的な違いなのだ。
 そしてその点がまた、のちの芙苑晶の一連のアルバムの大きな特色となるもので、現在に引き継がれる一連の作風の起点となったアルバムと言える。
 
 さらにもうひとつ特記すべきは、このアルバムから「シンフォビエント(symphobient)」という言葉が生まれたという有名な話であろう。Symphonic (シンフォニック)と ambient(アンビエント)を掛け合わせた造語と言われるこの言葉は、このアルバムの初回盤が発表された1990年頃、芙苑晶が考え出したものだといわれ、そののち『荒廃』『伽藍』と続く3枚をもって「シンフォビエント三部作(Symphobient Trilogy)」として完成された。
 
 さて音のほうはのちの作品にみられるようなダイナミックさにこそ欠けるが、そのぶんこの神秘的な音の世界はむしろこのアルバムにしかないと言ってもいい。シンセサイザーもある意味控えめだが、まだ洗練されていないぶん実験的な音も登場する。

 このアルバムで最も印象に残るサウンドの一つである、Korg PS-3300のシンセ・ストリングスをはじめ、幻想的なムーグのソロや、狂気じみた VCS3 の効果音、メロトロンの合唱、それになんとテレミンまでがすでに使われ、さまざまな電子楽器が幻想的なシンフォニーを奏でる。
 
 サウンド的にも、すでにのちの芙苑晶ワールドにも通じる、幽玄な世界が確立されている。これは比類なき独創性に溢れた音楽で、およそ影響や比較対象物など見あたらないが、しいて言うなら、ジャン・ミッシェル・ジャールの初期(『Oxygene』)や、タンジェリン・ドリームの最初期(70年代前半頃)のアルバム(『Phaedra』『Rubicon』あたり)などにやや感触の似た、神秘的で幻想的、かつシンフォニックなサウンドと言える。
 
 また、これは意外と知られていないことだが、ここに登場するさまざまな自然音つまり虫の声や動物の咆哮めいた音、植物のざわめきを思わせる音、風の音など、これらはサンプリングではなく、ほとんどシンセサイザーで合成された音(それもアナログ!)であり、シンセシスト芙苑晶の優れた技巧が遺憾なく証明されている。
 そこにかぶさるストリング・シンセのうねるような音や、幻想的なパッド・サウンドに、生命の蠢きの神秘感が感じられる。
 
 このアルバムの特徴は、楽譜で表記できないサウンドが多いことだろうが、初回プレスのCDブックレットのインナーには芙苑晶の手書きによる図形楽譜(グラフィック・スコア)が印刷されていたのが印象的だった。
 未だに人気の高い名盤であり、再発が望まれるが、 Lavalamp Records はこの『木霊』以降『宇宙論』までの4枚の初期のアルバムを再発する予定をアナウンスしており、今後が楽しみである。
 
 
(四谷英巳)
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