多種多様なスタイルを組曲スタイルの中に混交し、映像的なヴァーチャル・リアリティを感じさせるストーリーを創造、そして無限大の自由なアレンジとジャンルの異種交配を可能にした革命的な電子音楽スタイルであり、芙苑晶の特許とも呼ばれる「シンセサイザー・シンフォニー(Synthesizer Symphony)」を提唱。また、アルバムを全体を通して聴くことにより、幻想空間へのトリップ感覚を生み出すという新手法「アシッド・サウンド・ムービー(Acid Sound Movie)」、エレクトロニック・アシッド・ミュージックの主張に達した。これらがのちのトランス・ミュージック、IDMの発展の先駆けともなった。これらの手法とリンクする「アシッド・ミュージック(Acid Music)」「シンフォビエント(Symphobient)」「シンフォニック・テクノ(Symphonic Techno)」
といった新ジャンル・新手法を提唱・開発したパイオニアとしても、国際レベルで評価される。
1969年生まれ。京都に生まれ横浜に育つ。黛敏郎に見出され幼少よりクラシック音楽を学び、十代前半で作曲活動を始め天才少年と評される。1987年、単身ヨーロッパに渡り、思想・哲学を学んだ。
88年、ロンドンでトランス・バンド「ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット、もしくはLSD解放同盟(Far East Acid House Quartet, Otherwise the LSD Liberation Front) 」結成・活動。
89年、ニューヨーク滞在中に電子音楽ユニット「幻覚植物研究所(Psychedelic Plants Research Laboratory)」結成・活動。
同年、ソロ・アルバム『燐光(Phosphorescence)』でデビュー。以後、主なソロ・アルバムに『燐光(Phosphorescence)』(1988)、『木霊(Echoes)』(1990)、『荒廃(Ruins)』(1993)『伽藍(Cathedral)』(1995)『宇宙論(Cosmology)』(1998)『年代記(Chronicle)』(2003)などがある。
単発の曲としては、ソロアルバムからのシングル・カットとして「Ruins 2」「Cathedral 1」「Cosmology5」「Chronicle 3」、幻覚植物研究所(Psychedelic Plants Research Laboratory)「Mrs. Cyborg」「Electrode Land」、ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット「Ibiza Breakfast」「Psychedelic Mother Mary on the Beach」等々、世界各国のクラブやファッションショーなどにも使われ、いまだにヘビーローテーションされるトランス・ミュージックのクラブ・ヒット作/幻の名曲も数多い。
ソロ活動以外でも華々しく活動し、数々の伝説を残している。
インターナショナル・トランス・ユニット、幻覚植物研究所(Psychedelic Plants Research Laboratory)の主宰者(1987年〜現在)。
また、日本の伝説的レイヴ・バンド、ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット、もしくはLSD解放同盟(Far East Acid House Quartet, Otherwise the LSD Liberation Front) 」(通称「ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット(Far East Acid House Quartet) ](1988〜1987)の元・メンバー/リーダーとして活動し、いわゆる野外レイヴ・パーティのプランナーとして予言者的存在であった。
膨大なエレクトロニック・ディヴァイス群を駆使しスタジオで映画制作にもたとえられる大がかりなレコーディングをおこない、創造される圧倒的なスケールのサウンドは、「サイケデリック、電子音楽、トランス、クラシックの稀有な融合」などとも評され、テクノ、トランス、アンビエント、ロック(おもにプログレッシブ・ロック)、さらにはクラシックまで、さまざまなジャンルのリスナーから賞讃を受け、国境とジャンルを超えた人気を持っている。
アルバムごとに万華鏡のように変化する数々の試みとともに、実質的に新しいジャンルを創り出した感すらある芙苑晶の音楽は、ポップ/ロック界にあってケタ外れなスケールの大きさを感じさせるもので、多岐にわたっている。近年ではクラシック寄りの作品でオーケストラまで導入したり、自作曲のポップ系クラブ・ヒットを集め若い世代とコラボレーションしダンス・ミュージックへアプローチしたトランス・クラブ・リミックスへ挑戦するなど、果敢な実験はとどまるところを知らない。
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