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芙苑晶語録(1991- 2005 )
芙苑晶の語録です。
いちおうカテゴリー別に分類しています。
音楽
  • 自分にとって音楽とは何かと言うと、まあ言えば、たった一人で、自分だけのための究極的な原始宗教をやってるみたいなものですね。

    (インタビューより)
  • 神に捧げる音楽みたいなものが、なくなってしまったわけでしょう。
    広く大衆に聴かれるような音楽で、神に捧げている音楽、というのが、あってもいいと思うんだ。
  • 電子音楽は、ほかのどんな音楽とも異なっている。電子音楽以外の音楽は、すべて、人間の肉体の動きの結果としての、振動がもたらした音楽だ。
    電子音楽だけが、人間の脳の中のイメージをダイレクトに、純粋に映像化することができる。
    こういう音楽は、人類の歴史始まって以来なんだ。
  • 電子音楽はまだ、石器時代。
    その歴史は、ほんとうは、まだ始まってすらいない。
  • 機械を使って音楽を作ると、誰がやっても同じになると思うでしょう。そう思いこんでる人は今でもたくさんいるんだ。でもそれは違う。
    たとえば映画のカメラね、あんなもの誰が撮っても似たようなものだろうと思うでしょ。機械だからね。でも、フェリーニと、ルイ・マルと、キューブリックと、大島渚が撮ったのは、それぞれ違う。すごく違っている。
    シンセサイザーもそれとおなじ。機械という精密なものだからこそ、それをスルーして人間の感覚とか技術とか教養とかね、そういった要素において、逆に作った人の個性の違いがはっきり出るんだ。
ジャンル、オリジナリティ、影響
  • (Q:あなたの音楽は、どういうジャンルと説明すればいいかしら?)

    ジャンルは、ないんです。
    それは、僕の音楽を聴く人のひとりひとりが、自分の好きなように決めてくれたら、それでいいと思います。

    (インタビューより)
  • 僕が評価されてきたのは、僕の音楽が手作りだったからだ。
    僕は、かつて自分が電子音楽を始めた1980年頃と同じように、今でもほとんど手で全部やっている。
    使う機械は多少変わっても、基本的なやり方はずっと同じだ。
  • どんなアートでもそうだが、真のオリジナリティっていうのは全部のプロセスを手作りでやるしか絶対に出せない。
    逆に言えば、技術が高度になってコンピューター化され、インスタント化すればするほど、音楽の顔は全部平均化されて同じになってゆく。
    だが、歴史に残るのは、ちゃんと手作りでやった作品だけだ。
  • 僕は、人が人に影響を与えるということを、基本的に信じていない。
    影響を与えられたというのは、たいていの場合、当人が無自覚にオリジナルをコピーしてしまった場合のエクスキューズにすぎない。
    当人がそのことに対して自覚的で、かつ、オリジナルを乗り越えられるだけの技術があれば、それは「利用した」と言うことができる。
テクノ、アンビエント、ダンスミュージック
  • 人は僕らの音楽を聴いて、これはドラッグを表現した音楽だって言ったが、それは倒錯した言い方だよ。
    そうじゃなくて、ハウスなり電子音楽そのものが、もともとドラッグ的なんだってこと。

    (「ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット」インタビューより)
レイヴ、クラブ・カルチャー
  • 僕らのバンドの魅力は、一言で言えば、秘密結社の魅力だ。レイヴが僕らの結社会場だ。選ばれた人々だけがそこに集まってくる。
    そこで行われるのはただのコンサートじゃない、一種の宗教的儀式、つまり神聖な秘儀なのだ。

    (「ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット」インタビューより)
  • レイヴは、人間がかつて原始時代に持っていた「まつり」とか「儀式」というものを現代に復活させた、とても大事な文化。
メディア、コミュニケーション、表現
  • 僕がインタビューのたぐいをあまり好まないのは、人々の関心は僕自身にではなく、僕の音楽にのみ集まるべきだと思うからだ。
    インタビューではしばしば、それと逆のことが起きてしまう。

    (インタビューより)
  • 僕は基本的に、インタビューも解説も不要論者。
    そういうものをけっして否定するわけじゃないし、こういう情報過多の時代だから、ある点では必要なものでもあるのもわかっているけど、しかしそういうものは、表現者にとっては、作品を鑑賞する人たちへの情報提供のガイドライン以上のものじゃないと思っている。
  • どんなにその表現された内容が「不道徳な」ものであれ、高度に優れた芸術作品は、その存在自体がひとつの完璧な道徳を体現している。
少年時代、ライフスタイル、自分のこと
  • 僕に教師はいなかった。学校には友達すらいなかった。どこへ行くのも、何をするのも独りだった。
    淋しいと思ったことはなかった。本やレコードや映画が、僕の友達で教師だった。
    そしてそれで僕は十分幸福だった。そこにはすべてがあった。

    (エッセイより)
  • 自然がすべてを教えてくれた。
  • 僕は、センシュアル(官能的)でないものは基本的に信用しない人間だからさ−−−。
  • 誰もがやりたがるようなゲームを必死にやって勝つよりは、新しいゲームのルールを考え出した奴のほうが、人生はもっと壮大なバクチになって、スリリング。
世界、社会、制度
  • 人間は、いろんなルールを勝手にいっぱい作って、いろんなことを、なんでもかんでも、いっぱい我慢して生きている。

    だから、タブーを破ることが最大の快感になるのだ。
    世の中の人々が、タブーを破った人間を非難するのは、じつは、羨望の歪んだ現れであることが多い。

    (エッセイより)
  • 僕自身はドラッグ解禁に賛成でも反対でもない。そういうのは、狭い見方だと思っている。

    いまの人間は、「いいこと」と「悪いこと」の二つに、なんでもかんでもやたらハッキリ分けたがるでしょう。
    たとえば、ドラッグをやるのは悪いこと、人に親切にするのはいいこと、とかね。

    でも、真実っていうのは、そんなにいつも白黒ハッキリしてるわけじゃない。白黒の中間は無数にあるし、白が黒になったり、黒が白になったりすることだっていっぱいある。
    だから僕はむしろ、その中間の、微妙なところを大事にしたいなと。

    その微妙さを大事にしていないと、人はいつでもファシストになっちゃう危険がある。

  • 今の世の中は、経済とか、お金の力というものを、あまりにも崇拝しすぎている。
    物質的な充足感ばかりを、あまりにも優先しすぎている。

    でも、そういうことばかりじゃ、もう人類はこれ以上進歩しないと気づいた人たちが、これほど増えてきた時代もかつてなかったと思う。

ヒッピー、人間解放
  • 僕はとにかく、人を飼い殺しにしようとする今の世の中に対して、できるだけ無用の行為に徹して生きようと思った。
    そして自分が一番うまくできたのはたまたま音楽だったから、僕は無用の人生に徹するための行為として音楽をやろうと。
    18の頃に、そう決めたわけ。

    (インタビューより)
  • もし世界平和というテーマで言うとしたら、今ある戦争や悪に反対するよりは、抑圧されたまま沈黙している無数の人々を解放して自由にしてあげること、このほうが、より早道だと思う。
  • 僕は反抗なんかしない。しようと思ったこともない。
    反抗するほど、今の世の中のエスタブリッシュメントに興味を持ってない。
  • キリストさんやブッダは、今で言うヒッピーみたいなもんだったんだろうと僕は思う。
理想の世界、思想
  • 子供の頃、自分がこうなりたいとか、世界がこうだったらいいなって素朴に空想したことを、絶対にあきらめてはいけない。
    それが僕の生活信条。

    (エッセイより)
  • 人間はほんとうは、遊ぶために生きてるんだよ。働くとか、お金をかせぐとかいうのは、遊ぶためのたんなる手段であって、目的じゃない。
    でも、その手段が目的のようになってしまうから、悲惨なことが起きる。
    それがいま、人類に起きている最大の悲劇の一つ。

  • なにかを愛していないのに愛しているフリをするっていうのは、最低のことだと思う。
  • 冷戦以後の時代の「革命」とは、音楽にほかならない。
    言葉やイデオロギーが意味をなさない時代に、
    これほど強烈な思想はない。
  • 人が人に与えるもののなかで、最も美しいものは「希望」だと僕は思う。
死、神、超越
  • 僕のテーマは「超越」ということ。
    なにかを肯定するとか否定するのではなく、それを超えていくということ。

    (インタビューより)
  • 人間が、ほんとうに一番見たがっているもの −−− それは、神。
    それを信じようが信じまいが、口でそれを否定しようが肯定しようが、人間は誰しも、潜在意識のレベルでは、ほんとうはそれを見たいと強く願っている。
    だから人々は、神に似た人間を崇拝し、神を感じる芸術に接して涙を流す。

  • 僕は霊魂の存在を信じる。
    たとえいつの日か、
    僕の肉体がこの世から消える日が来ても、
    僕という人間の痕跡は残るのだ。
    そのとき、日記よりも、写真よりも、ヴィデオよりも、
    僕の音楽こそが、僕という人間がどういう人間だったかを、
    もっとも雄弁に語ってくれるにちがいない。
出典:
  • インタビュー:1991〜2004
    (英語版、フランス語版、日本語版含む)
  • 幻想エッセイ「終末より」
    (「地下室」連載)
  • 「シャム双生児の夢」

その他の資料による


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